プロフィール

 

珠子

私は1990年5月5日に神奈川県の横浜市で生まれました。

平凡な幼少期を過ごした後、行き当たりばったりな性格が災いして、花屋や自衛官など多岐にわたる業種を経験。旅行好きが講じて海外で就労したこともあります。

現在は滋賀県で主人と娘と3人で幸せに暮らしながら、情報発信を生業とし世の中の人ためになることをしています。

 

経歴

小学生  近所のピアノ、習字、英語の教室に通う

中学生  陸上部に入部。走り高跳びをする

高校生  陸上は続けるが種目は円盤投げに転向

専門学校 カメラの学校に進むが中退、フリーターに転向

18歳  ビルメンテナンス業、引っ越し屋、テコンドーを始める

19歳  警備員とツタヤのバイトを始める

20歳  園芸店のバイト、用務員のボランティアを始める

21歳  予備自衛官になる

22歳  陸上自衛隊に入隊。はじめてキチンと就職する

26歳  退職し海外留学へ。留学先で主人と出会う

27歳  海外の農園、精肉工場、日本食品会社でバイト

28歳  結婚、出産、PC起業

 

珠子のエピソード

私がSOAMIを立ち上げるに至った経緯をご紹介します。

 

ボーッと過ごした小学生時代

子供の頃は両親と妹に囲まれ何不自由無く幸せに暮らしました。

しかし裏を返せば超が付くほどの温室育ち。蝶よ花よと育てられていたので競争心などは無くいつもボーッとしていたように思います。

 

そのおかげでピアノも習字も英語も長期間習っていたにも関わらず、どれもろくな成績ではありませんでした。

ただふわふわした性格がとっつきやすかったのか、友達だけには恵まれていました。

 

とにかく恵まれた環境で何の悩みも持たずに生きた小学校生活でした。

 

ボーッと過ごした中学生時代

中学時代もボーッとしてました。

特筆することといえば、陸上部に入り走り高跳びをはじめたことです。

私はピアノや習字などわざわざ月謝を払って習っていた事はてんでダメでしたが、持って生まれた運動神経だけは人一倍良く、小さい頃から外遊びが大好きでした。

飛んだり走ったりが好きだったので、仲の良い友達と取りあえず陸上部に入部したんです。

 

しかしココでも持ち前の闘争心の無さから今ひとつ頑張ることができず、クラスで一番程度の実力止まり。

大きな大会で実績を残すことはありませんでした。

 

また多感な時期にも関わらず、穏やかな性格のため友達関係はノートラブル。

 

良い友達に囲まれ好きなことをやっていましたが、その基盤に家族の支援があったということには全く気が付かず、これまたボーっと中学時代を送ったように思います。

部活ばっかりの高校生時代

なんとなく高校でも陸上を続けようと近所の陸上部のある学校へ進学。

しかしこの陸上部の先生が鬼のように厳しかったため、私の生き方は180度変わりました。

朝6時に学校に集合し朝練、夕方も暗くなるまで練習し帰宅するのは午後9時近く。

 

そんな過酷な部活三昧の私を支えてくれたのが両親です。

母は毎朝5時20分に出発する私のために、朝ごはんとお弁当を私よりも早起きして欠かさず作ってくれました。

父は帰宅直後に疲労困憊で玄関で寝てしまった私をいつも引き起こしてくれました。

 

それまで両親からの愛情を当たり前だと思ってボーッとしていた私は、ついに親からの無償の愛がどれだけありがたいものなのかを学んだのです。

 

迷惑と心配をかけまくった専門学校&フリーター時代

高校卒業後はカメラマンを目指し2年制の専門学校に入学。

その一年後に「思っていたのと違う」と勝手に中退。

一人暮らしの費用も含めて、両親には莫大な学費を払ってもらっていたにも関わらず途中で投げ出したのです。

 

その後実家には帰らずフリーター生活を送ります。

バイトをどんなに掛け持ちしても月20万円も稼げません。

お金を稼ぐことの大変さと親が払ってくれた学費がどれだけ莫大な物なのかを思い知りました。

 

自立するきっかけになった入隊

フリーターの時に思い知った罪悪感から自衛隊に就職しました。

合わせる顔が無くて10ヶ月間音信不通の後、自衛隊に出願してから両親に報告。

過酷な仕事と言うイメージの職業。
そして国家公務員という身分。

両親には「償い」そして「安心して欲しい」という気持ちがあり、自ら自衛隊を選びました。

 

実際に自衛隊に入ってみると意外と肉体的にはきつくはありませんでした。

高校生の時すでに軍事訓練レベルの部活をやっていたため演習が楽に思えましたし、
フリーターの時は寝る間も惜しんでバイトをしていたので、週休二日きっちり8時間で勤務時間の終わる自衛隊ではたくさん休むことができました。

 

しかし、厳格すぎる規律と理不尽すぎる上下関係がめっちゃ嫌でした。

そのため2任期(4年)で退職することを決意。

今度は自分の貯金のみで誰にも迷惑をかけずに好きなことをしようと思い、本格的に貯金をはじめます。

また、資産の運用方法や退職後ために独学で様々な勉強も始めました。

 

この時に知識の重要さや自分の無知さに気づきます。

「知らない」っていうだけで損をするし、「知ってる」ってだけで得することが多くなることを知り、情報は人生を豊かにしてくれるのでは?と思い始めたのもこの頃です。

 

文章を書くきっかけになった海外生活

自衛隊退職後はフィリピンにある英語の語学学校に留学。

そこで現在の主人と出会い、その後一緒にオーストラリアにワーキングホリデーへ!

 

せっかくの海外体験だからということで、主人と一緒にブログを開設しました。

自分が調べた知識や実際に体験した情報を載せているだけでしたが、1記事だけで毎月数千人が読んでくれていることを知りびっくり!

 

私の情報がそんなに多くの人に役立っているのか!とブログや情報発信の凄さを実感しました。

 

自分の知識や体験が他人の役に立っているなら、「どんどん役立ててくれ」という思いから帰国後、本格的に情報発信を仕事にしようと決意しました。

 

家庭を作る大変さを思い知る

帰国後すぐに結婚、そしてすぐに妊娠し出産。

自分自身が幼少期に何不自由なく暮らした経験から、我が子にも「何の心配も無い世界で一番の家庭」を作ろうと思いました。

 

でも実施にやってみると幸せな家庭というものは簡単に作れないことに気づきます。

仕事と家庭のバランスは自分の都合で配分することはできませんし、可愛い我が子も夜泣きがひどい時には悪魔に見えてしまったんです。

 

しかし、そんな悩みを解決してこれたのも情報のおかげ。

同じ事で悩んできた両親や友人たちからの情報が役立ちました。

一人では絶望すら感じていた悩みも、「私もそうだったよ!だからこうしてみたんだ〜!」「うちの子も同じだよ。でもこうしたら大丈夫!」と悩みを共感し情報を共有してもらうことによって解決してこれました。

そのおかげで現在はそこそこ幸せな家庭を気づけているのでは?と思います。

 

私が次にできることはもらった情報を次の人へバトンタッチすること。

私の経験を効率よく誰かの役に立ててもらうために、ブログというツールはピッタリと思い、SOAMIを立ち上げるに至りました。

 

現在

現在SOAMIは私だけでなく、多くの人がコンテンツ作りを手伝ってくれています。

「家庭を世界で一番安らげる場所にする」というSOAMIのコンセプトに賛同していただき「自分の経験を誰かのために役立てたい」という気持ちの方がライターとして活躍しています。

 

私自身も記事を書いて情報発信をしていますが、それと並行してブログ運営のノウハウを活かし、ライターさんの貴重な経験を一人でも多くの人に伝えるために活動しているのが現在の私です。

 

たまたま読んだこのブログが幸せな家庭づくりの手助けになれれば幸いだと思っています。

 

 

ココまで読んでいただきありがとうございます。

今後ともSOAMIをよろしくお願いいたします。

 

SOAMIに対するご意見、私に対するご質問、など書き問い合わせフォームからお気軽にご連絡くださいませ。

より良いコンテンツづくりの参考にさせていただいます。